正楽院について

縁起と歴史

当山は元日野町下田にあった高幡山金剛寺の末寺で大正13年、高幡山主 丸山覚雅和上が毛利九十郎氏の発意を容れ、村野安五郎、笠井松太郎、園部五郎吉、岩崎清重、各氏と謀り寺名をこの地に移して発展した寺である。

本尊は元十一面観音菩薩であったのが移転後は大日如来を安置し、弘法大師、興教大師を奉安し、山号を立川山と称して戦後真言宗智山派に属する密門の寺院である。大正15年庫裡を新築して寺務を開始したが経営振わず、昭和7年日野町本郷、普門寺住職佐藤龍山和上を住職とした。和上は私財を投入して一大事業である本堂建立に着手し当山中興開山第一世に就任され昭和11年本堂を落慶、境内を整え専ら寺門興隆に努め開山の目的を達した。

その後二世光明和尚により客殿、庫裡の新築を発願し檀中諸家の協賛を得て昭和46年に落慶。更に昭和52年に茶室「即心庵」を建立する。

三世現住職 俊龍和尚により開創70周年に現本堂が再建され新たに本尊大日如来を造顕奉安される。開創80周年には八角円堂(観音堂)を建立し十一面観音菩薩を造顕、開眼大護摩供を正月にご修行した。それ以来、毎年1月第2日曜日に観音護摩供を開催している。この時には境内にて大根炊き、抹茶などを振る舞い多勢の檀信徒で賑わいを見せている。開創90周年には新たに不動明王をお迎えし本堂に安置した。

また当山は多摩88ヶ所霊場第26番札所でもある。

寺院紹介・案内

本堂

元日野町下田にあった高幡山金剛寺の末寺で寺名をこの地に移した寺院であり、現在の本堂は開創70周年記念事業として現住職が発願、平成7年に完成されたものです。

本尊 大日如来

平成7年本堂の完成と同時に新たに金剛界大日如来(80cm)造顕を京都仏教美術社、京仏師・北宗俊師に依頼し平成8年5月に入仏落成慶讃法要を厳修す。
真言宗の中心の仏さまで、宝冠、瓔珞で身を飾り手には智拳印を結んでいます。この印よりすべての仏さまの印が生じ、また手を重ねるその形は私たちが仏さまと同体であることを表しています。
大日如来は、この宇宙に存在するすべてのいのちが等しく尊いことを教えてくれます。私たちが理想とする仏さまであるとともに、実は私たち自身が大日如来でもあるのです。

正楽院 大曼荼羅

曼荼羅とは円満具足の意より転じて諸尊の悟りの境地を表現したもの、諸尊の方形・円形など幾何学的に多数配列してあらわす。
仏のことは言葉だけではなかなか分からない。だから絵画に描いて表され、仏教美術の分野では様々な仏や菩薩それらを護る働きの天などを集合的に表したものを曼荼羅と呼ぶ、仏・菩薩・天部の集合体で金剛界曼荼羅には1461尊、胎蔵曼荼羅には414尊の仏様が描かれております。
正楽院大曼荼羅は智山派の祖山である紀州根来寺に寄宿されている画僧 牧宥恵師に平成14年に制作を依頼して準備も含め9年の歳月を掛け平成23年5月に奉安されました。牧宥恵師は元より信心深く学識豊かにして図像は仁和寺御室版を手本として着彩は東寺元禄本を参考にされ仏を描けし技量深き師なり長年に亘り精進研磨し卓越せる技量を以て見事なる大曼荼羅ここに円成されました。
この大曼荼羅は2,2m x 2mの大きさで本堂内陣に常設しております。

不動明王

平成27年開創90周年に京都仏教美術社、京仏師・北典生師に依頼し不動明王(60cm)を本堂に安置。
青黒い肌をした姿が一般的で怒りをあらわにした顔で右手に宝剣、左手に錘のついた縄(羂索)を持ちます。
身は火炎に包まれ盤石という岩に立っています。不動明王は生きとし生けるものすべてを救いたいと願う慈悲の心から、宝剣で我々の迷いを断ち切り智慧の火炎で我々の煩悩を焼き尽くします。

正楽院墓地

正楽院墓地には個別の区画墓地があります。都内では稀に見る樹木の多い寺院です。

正楽院墓地について

正楽院 共同墓苑

「共同墓苑」を平成9年に建墓致しました。

共同墓苑について

やすらぎの塔 納骨堂

やすらぎの塔は平成20年に開設された「納骨堂」です。やすらぎの塔の屋根と納骨する地下の納骨棚は木造にこだわり、ぬくもりを感じる造りになっています。

やすらぎの塔について

八角円堂

平成17年開創80周年を迎えるに當って八角円堂を建立し、移転前のご本尊であった十一面観音菩薩を新たにお迎え致しました。
観音様は内に衆生救済の自在神力を包蔵し、よく世音を観じ、また慈眼を以て諸々の衆生の苦難を救う。念ずれば財宝、衣服に不自由なく一切の憂い・障難・災厄・悪夢など諸難を免れる。観音様の慈悲をさずかり人法繁栄あらんことを願うものとされています。

ペット共同墓地

当山ペット共同墓地は「生きとし生けるもの」を我々人間と同じように心を有するものとし、人間も動物も命の尊厳は同じであるという基本理念からうまれました。
共に生き、共に暮らした感謝の気持ち「いままでありがとう」を込めて、大切な家族の一員であった動物たちに真言宗の供養次第でご供養させていただきます。

ペット共同墓地について

水子地蔵

水子となった子供たちを父母に代わって守り救いを与えるのが「水子地蔵」です。さまざまな事情でこの世に生きることができなかったお子さまが、安らかな笑顔と幸せを願うのは親の心情です。
賽の河原で父を尋ねても、母をこがれてなげいても声は届くことはありません。「父恋し、母恋し。」と泣いていると言われております。当山の水子地蔵は、水子がお地蔵様にしがみつき地蔵尊に守られている、まさにその姿を現しております。

水子供養について

弘法大師生誕千二百年記念巡行銅像

弘法大師ご生誕1200年を記念し巡行銅像を昭和48年、檀信徒の皆様のお力添えにより造顕致しました。

六地蔵

檀信徒の皆様のお力添えにより昭和54年造顕。六地蔵とは地蔵菩薩の六分身をいい、生前の行為の善悪によって、人は死後に「地獄,畜生,餓鬼,修羅,人,天」という六道の境涯を輪廻転生するといわれます。当山ではそれぞれに衆生救済の為に配されている延命地蔵、陀羅尼地蔵、地持地蔵、法印地蔵、宝性地蔵、法性地蔵を六地蔵といいます。

三童子: 合掌童子

1日必ず持つこと、それは数珠(経本)と筆と箒。30年程前に自分自身に戒める為、境内に三童子の石像を造りました。

今おがむ天地いっぱい只祈る

三童子: 筆童子

1日必ず持つこと、それは数珠(経本)と筆と箒。30年程前に自分自身に戒める為、境内に三童子の石像を造りました。

筆は万花を生じず先人の書を見て、目と心を磨く

三童子: 洗心童子

1日必ず持つこと、それは数珠(経本)と筆と箒。30年程前に自分自身に戒める為、境内に三童子の石像を造りました。

掃けば散り払えば、また塵つもり、人の心も庭の落ち葉も

竹駒稲荷

当山中興開山第一世龍山和上の古里である宮城県の竹駒稲荷の分身を祀ったもので昭和55年に第二世光明和上により建立致しました。

茶筅塚

平成9年5月に建立。
「主が客をもてなすまことの心は、また主が道具をいたわる心に通ずる」この精神をいかし多くの茶を点て人々を楽しませ永く使用した閑古茶筅に感謝のまことを捧げ茶筅のお炊き上げ供養を毎年5月にご修行しております。碑面の文字「茶筅塚」は茶道・江戸千家宗家 家元 蓮華庵 川上閑雪 大宗匠の揮毫のものです。

行事案内

年中行事

1月 第2日曜日・・・観音大護摩供

当山正月行事であります正楽院観音大護摩供が1月第2日曜日に厳修致します。家内安全・身体安全・商売繁盛・厄最消除・當病平癒・交通安全など、一人ひとりのお祈りをお護摩の災に込め観音様のご加護を念じます。

3月 中日・・・春彼岸会(共同墓苑総供養)

春分の日を中日とした一週間が春のお彼岸です。迷いの世界である此岸(しがん)と彼岸を分かつ川を渡って悟りの世界に到達する願いをこめた言葉です。心安らかな彼岸を求めましょう。

4月8日・・・花まつり

「花まつり」とは、4月8日にお生まれになったお釈迦様の生誕をお祝いする日のことなのです。そして、お釈迦様がお生まれになった時、「天上天下唯我独尊」といわれたように、私たち一人一人のかけがえのない生命の尊さを思う日でもあります。

本堂前に小堂を設置し、お釈迦様の誕生仏に甘茶をかけてお祝いしています。参拝者も甘茶をかけてお祝いできます。

5月 第2日曜日・・・茶筅供養 茶会

永く使用した茶筅に感謝の誠を捧げ、茶筅をおたき上げし茶筅供養をご修行致します。あわせて三席にて茶会を開筵致しております。200名前後の善男善女の茶友が集います。

7月 第1日曜日・・・大施餓鬼会

人間らしく生きていく道を教えてくれるのが、施餓鬼(せがき)。皆様のご先祖様への供養の願いを込めて、お施餓鬼の法要を行います。

7月13日〜16日・・・盂蘭盆会(共同墓苑総供養)

お盆の正式名称は「盂蘭盆会(うらぼんえ)」と言います。ご先祖様の精霊を迎え追善の供養をする期間を「お盆」と呼びます。

13日の夕方に迎え火を焚き、ご先祖様の精霊を迎えます。16日の夕方、送り火を焚きご先祖様にお帰り頂きます。

7月13日・・・新盆合同供養

故人となって初めてのお盆を「新盆」もしくは「初盆」と呼びます。故人は初七日から百ヶ日まで努力精進を続けながら、仏界で毎日を過ごしておられます。この故人が心から待ち望んでいる休息日が新盆です。 正楽院では毎年7月13日、本堂で新盆合同供養会を厳修致します。

8月 第1日曜日・・・写経会

お写経は東日本大震災物故者追善并被災地復興の為、書写した写経は総本山智積院に納め、納経料もお納め致します。

9月 中日・・・秋彼岸会(共同墓苑総供養)

秋分の日を中日とした一週間が秋のお彼岸です。迷いの世界である此岸(しがん)と彼岸を分かつ川を渡って悟りの世界に到達する願いをこめた言葉です。心安らかな彼岸を求めましょう。